なるられたのうちで、いのはであった」(3:1)。「賢い」と訳されたアールムが否定的に使われていますが、 箴言では「熟慮ある、または「思慮ある(12;23, 13:16, 14:8,15など)されます。イエスも「のようにくあれ」(10:16)われます。「賢い」自体が問題ではなく、それをどう使うかが重要です。人類の不幸は主なる神を離れ自己中心にアールムを使うことから始まりました。「賢いものは悪を見ると避けます」(27:12)。主のみ言葉のようにアールム、思慮深く生きることを心にかけましょう。