「主は言われる。エフライムは私の愛する子、私の喜ぶ子であろうか。私は彼のことを語るたびに、いつも必ず彼のことを思い出す。それゆえ、私のはらわたは彼のためにわななき、私は彼を憐れまずにはいられない」(エレミヤ31:20)。主なる神様はその民を深く考え語ります。その度毎に主の「はらわたがわななく」ことになリます。「わななき」(ハーマー、הָמָה)とは騒ぐことであり、吠え叫ぶことであり、乱れることであります。しかし、主のハーマーは否定的・消極的な意味ではなく、相手を積極的に抱きしめ抱え込もうとする愛の思いが込められた言葉であります。愛する子のために与え切れない愛と痛みが入り混じった言葉であります。それがあなたに対する主の思いです。今日も、主ははらわたがわななくほどあなたのことを愛され、語り思うことでありましょう。