「イエスがその手に触られると、熱はさり、しゅうとめは起き上がってイエスをもてなした」(マタ8:15)。「触る」(ハプトマイ)という言葉には「くっつける」という意味も含まれています。そしてこれの能動形態である「ハプトー」は「ともし火を灯す」とも訳されます(ルカ8:16)。イエスの触ることは、イエスが私の生にくっついて離れないことであり、そこにともし火を灯してくださり、道を照らしてくださるということです。イエスに触ってもらいたくありませんか?