「イスラエルの残りの者よ、共に、あなたたちは生まれた時から負われ、胎を出た時から担われて来た」(イザ46:3)。私たちが生まれた時から主が「負われた」(アーマス)とは、父が生まれた子供を抱きしめるようなものです。だから、主は日々、私たちの重荷をになわれます(アーマス)(68:19)。毎朝み言葉を黙想するとは、日々私を抱きしめ、私の重荷を担われる主に対する賛美であり感謝の告白です。