「キリストがたちののためにんだのであり、三日目復活したこと」(Iコリン15:3,4)復活信仰対象になるとはそれが終末的出来事であり、それの事実だからであリます。つまり復活とは具体的においてそれにきることであり、暗闇の業を脱ぎ捨てることであります。それは、キリストと共に死に、共によみがえることであります。