「信心いながら、その実信心否定する」(IIテモテ3:5)。「信心」(ユセベイア、信心深い、敬虔)とはよく()+敬意をあらわす、礼拝する(セベイア)という合成語です。だから、ただ心の状態を現す消極的な意味ではなく、神の恵みに感動されて神に応答していく実践的・能動的な意味を現す用語です。生きるそれ自体を神礼拝と隣人に仕えていくことが信心です。信心深い様子をしながら、その実践と実を捨てる者にならないようにしましょう。