「ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた」(マル1:5)。「もとにくる」と訳された言葉は、本来特定の道と過程を通して出て来るという意味を持つ言葉です。東の博士らが星の導きに従って歩んだようにです(マタイ2:9)。悔い改めて洗礼を受けることは主が備えてくださる救いの過程と結果です。ただの人間の感情の変化ではありません。主が与えられた星に従って歩みましょう。