「夜通し苦労しましたが、何も取れませんでした。御言葉ですから、網を降ろしてしましょう…魚でいっぱいにしたので」(ルカ5:5,7)。「何も取れない」人生の虚無と虚脱感に襲われる時、「御言葉で」(π上に)、自分を「降ろしましょう」。降ろすと言うギリシャ語には「大きな割れ目」と言う意味もあります。御言葉の上に自分を降ろす事は主との割れ目や隔てが癒される事です。そこに「いっぱいに」(πλήθω使徒2:4)聖霊たされ、喜びが満ち溢れることへの恵みがあります。