「だから、みかとしていても、れているにしても、ひたすらばれるでありたい」(IIコリ5:9)。「ひたすら…ありたい」を意味するピロティメオマイとは「愛すること」+「認められた名誉や価値」という二つの語彙による合成語です。本当に価値のある名誉のあるもののためを願い求め努めることを意味します。パウロにとってピロティメオマイは主に喜ばれる者になることでした。あなたのピロティメオマイは何でしょうか?